現場から考える避難所のリアル|道半ばの引き継ぎ

現場から考える避難所のリアル #1|道半ばの引き継ぎ

現場の声から始めたい。

私たち能美防災では、2021年から全国の自治体を対象に、災害時の避難所運営に関するヒアリングを重ねてきました。現場で本当に困っていることは何か。マニュアルは使われているのか。共助は実際に機能しているのか――。

これまでにインタビューや対話の機会をいただいた自治体は、100を超えます。ご協力くださった皆様には、この場を借りて深く感謝申し上げます。

この記事では、私がフィールド・リサーチを始めた初期に出会った、とある市の防災担当職員・三枝木さん(仮名)の言葉を紹介します。 出会った当時、彼はすでに着任から2年。そこからの約2年間、継続的にやりとりをさせていただきました。

異動されるまでの間に交わした数々の言葉や現場の実感は、今も強く印象に残っています。

これは、一人の職員の記録です。ですが、読んでくださる皆さんの中にも、きっと重なる感覚があるのではないかと思います。

目次[非表示]

  1. 1.防災担当になって初めて知った、“備え”の温度差
  2. 2.とりあえず、マニュアルと備蓄から ― 手探りのスタート
  3. 3.委ねたマニュアルづくり ―「共助が大事」なのに進まない
  4. 4.異動の時期。そして、道半ばの引き継ぎ ― やりきれない想い
  5. 5.“リーダー頼み”の限界 ― 属人化する共助
  6. 6.共助を育てる“しくみ”とは? ― 公助と共助の狭間で
  7. 7.託すために、残す仕組みを ― 誰かではなく、誰でも
  8. 8.例えばこんな仕組み: 属人化を防ぐために
  9. 9.次の一歩へ

防災担当になって初めて知った、“備え”の温度差

内閣府が「避難所運営ガイドライン」を策定してから、すでに数年が経っていました。 その間に前任者が市内の避難所に共通のマニュアルを整備し、数年間運用されてきました。

ガイドラインに基づいて作られているため、内容に誤りはありません。 しかし、各避難所の特性や運営体制の違いには十分に対応しておらず、現場ごとの実情からすると「使いこなせる」ものではなかったのです。

一部の地域では、防災に思いの強い自主防災組織のメンバーの力で、避難所ごとに最適化されたマニュアルづくりが進んでいましたが、それはごく限られたケースでした。

そんな状況のなかで新たに着任したのが、三枝木さん(仮名)。 声がとにかく大きく、会議室の外にまで響くほどエネルギッシュな人物で、着任早々から動き始めました。

「うちの地域で本当に災害が起きたら、どこが避難所になって、誰が動いて、誰が困るのか――できる限り想像して、準備しておきたいんです。もちろん、起きてからじゃ遅いですからね」

と、力強く語っていました。


とりあえず、マニュアルと備蓄から ― 手探りのスタート

何から始めるべきか模索しながら、まず着手したのは備蓄とマニュアルの再点検でした。 収容人数を基に物資を見積もり、必要な量を整え、予算を確保して調達。

「ここまでやれば、自治体職員としては“最低限”やってると言えるはずなんです。ガイドラインにも沿ってるし、形式上は合格点でしょうね」

と、そんなぶっちゃけた本音も、彼は率直に語ってくれました。

訓練についてもすでに実施されている避難所はありましたが、「本番で本当に行動できるのか」という実効性の面では、自信が持てない様子でした。

「地域によって特性も違うし、市職員が全部つくるのは無理。だったら――」

委ねたマニュアルづくり ―「共助が大事」なのに進まない

三枝木さんは、地域ごとの「避難所運営委員会」に可能性を見出します。 自主防災組織の代表、施設管理者、参集職員などが参加するこの会議体に、マニュアル作成を委ねようと考えました。

「それぞれの地域が自分たちの避難所を考える。共助って、そういうことだと思ったんです」

しかし、実際にはうまく進みませんでした。

  • 会議は年1回ほど
  • 担い手は高齢化
  • 書式もバラバラで、内容の共有が難しい

三枝木さん自身も、「どうしたらいいんだろう」と悩んでいました。 他の自治体の成功事例を探そうとしても、ピンとくるものがなかなか見つからなかったそうです。

異動の時期。そして、道半ばの引き継ぎ ― やりきれない想い

数年後、三枝木さんの異動が決まりました。

「いろいろあったけど、面白かった。やりがいもありましたよ」

そんな言葉とともに、ぽつりと漏らしたのは、ある不安でした。

「この取り組み、ちゃんと引き継げるのかな……?」

地域ごとのマニュアルが完成していたのは、全体の1割程度。委員会の活性度にも大きな差がありました。

「いったい何がうまくいかなかったのか――それを考えるのが、むしろこれからなのかもしれませんね」

“リーダー頼み”の限界 ― 属人化する共助

一部の地域では、熱意あるリーダーが活躍していました。 たとえば元消防団の増川さん(仮名)は、自ら中心になってマニュアルを作り込み、訓練も企画・実施してくれました。

「でも、良くも悪くも“増川さん頼み”なんですよね」

他の避難所に横展開しようとしても、個人のやり方が濃く出すぎていて参考にしづらい。

共助の取り組みは強制できない。あくまで地域の自発性に委ねられている。 だからこそ、他所の“成功例”をそのまま展開するのは難しい。

訓練を重ねて磨かれた知見も、形式知になりにくく、言語化して他へ渡すのは想像以上に難しいと、三枝木さんは語っていました。

まるで“英雄の自然発生”を期待するような現状――それが属人化の壁でもありました。

共助を育てる“しくみ”とは? ― 公助と共助の狭間で

「リーダーを育てよう」としても簡単ではありません。 防災士資格を取っても、実際に動くかどうかは本人次第。 市職員が全避難所をサポートするのも、現実的には困難です。

「それに、これって共助じゃなくて“公助”だよな……」

そうつぶやいた三枝木さんは、職員として手を出しすぎることへの葛藤も抱えていました。 手を差し伸べすぎると、逆に地域の自律性が損なわれるのではないか―― 共助を育てようとして、共助の芽を摘んでしまうのではないか――

それでもなお現場では、動ける人・動く人に頼らざるを得ない現実があります。

このやりとりを2年にわたって続けてきた私自身が、後から気づかされたことがあります。 それは、“誰か”がやるのではなく、“誰でも”関われる仕組み・仕掛けの必要性です。

防災アドバイザーが設計した凝った訓練や一時的な仕組みでは、継続性も、波及性も限られる。 その場にいた人には響くけれど、時間が経てば忘れられてしまい、陳腐化してしまう。 それでは、仕組みとしては残らないということに改めて気づかされました。


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託すために、残す仕組みを ― 誰かではなく、誰でも

避難所運営とは、災害時に突発的に行うものではなく、 “平時にどこまで仕組みを育てておけるか”が問われる取り組みです。

避難所マニュアルを作ることは、ゴールではなくスタート。一人ではできない。けれど、誰かが始めなければ、何も変わらない。

三枝木さんとのやり取りから私たちはそう学びました。

例えばこんな仕組み: 属人化を防ぐために

三枝木さんのように、動き出したい人を支える仕組みも、今では少しずつ整い始めています。

  • 避難所支援ツール:避難所マニュアルの要点を、1画面ずつシンプルに表示し、地域の誰でも操作できるUIで“共助の行動”をサポート。
  • アクションカード:役割分担を可視化し、誰が見てもすぐ動けるようにするカード形式の運営支援ツール。

次の一歩へ

この記事が、どこかの地域の「次の誰か」の背中を、そっと押せたなら。
そして、“共助”という言葉に、もう一度リアルな行動の意味を吹き込むきっかけとなれたなら。

あなたの地域でも、まずはできることから始めてみませんか?

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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。