現場から考える避難所のリアル|避難所をめぐる葛藤と工夫

現場から考える避難所のリアル #2|避難所をめぐる葛藤と工夫

本記事は、東京都のB区で防災業務に従事する辻川さん(仮名)へのフィールドインタビューをもとにした現場レポートです。

多くの自治体防災担当者が直面しているのは、「やるべきことは分かっている。けれど、それを地域でどう実行に移すか」という日々の実務上の葛藤です。

日本の地方自治制度では、災害対応を含む住民の安全・福祉に関する行政は、まず市町村が自主的かつ総合的に担うことが原則とされています(地方自治法第2条第2項)。

災害時、避難所を開設・運営し、必要な物資を備蓄・調達し、地域内に供給・輸送する役割も、市町村が担う責務とされています。

その責任の重さを背負いながらも、「誰でもできる形にしたい」「持続可能な仕組みにしたい」と模索し続ける現場の声。

そんな“原則を現実に変えるための苦労”に共感し、他の地域の実践が一つのヒントになれば——そんな思いでこのシリーズ記事をお届けします。

目次[非表示]

  1. 1.経験がなくても動かねばならない——現場を変えることの難しさ
  2. 2.動き出した一歩:避難所開設キットの導入
  3. 3.それでも動かない現場:キットが抱える“新たなハードル”
  4. 4.引き継がれない経験、頼りすぎる“資格”のリスク
  5. 5.属人化の落とし穴:仕組みを支える人がいないと回らない
  6. 6.次の一歩:あなたの避難所にできること
  7. 7.最後に:辻川さんのことば

経験がなくても動かねばならない——現場を変えることの難しさ

ヒアリングをさせていただいた当初、辻川さん(仮名)はこんなことを教えてくれました。

「実は私、自分が参集して避難所を開設した経験がないんです」

防災課の職員であっても、災害時に実際の避難所に立つのは、他部署の職員や非常勤職員が中心。発災時に現地で避難所を開設・運営するのは、「防災のプロではない人たち」であることが、東京都のB区でも当たり前になっています。

B区では、大雨警報や震度5弱以上の地震発生時に、一定の職員が参集し、避難所を開設する体制が定められています。しかし実際には、参集するのは防災職員住宅に指定された職員など、通常業務では防災に携わっていない人たちが大半です。

「防災担当とはいえ、実際に現場で避難所を開けた経験がない。でもその現場を、支え、仕組みを作らなければいけない立場にいる。その重みを、ずっと感じていました」

動き出した一歩:避難所開設キットの導入


この現実を受けて、辻川さん(仮名)たちが取り組んだのが「避難所開設キット」の導入でした。

発災から3時間を想定し、開設準備〜初期受け入れまでの行動を明示した手順書・掲示物を、種類別のファイルケースに収納したツールです。

震災用・水害用で内容を分け、避難所ごとの立地(受水槽、倉庫、掲示場所など)も反映。直感的に行動できるような“見える化”を図りました。

「到着したら、まずこれを開けば迷わず動けるように——そういう仕掛けを作りたかった」

それでも動かない現場:キットが抱える“新たなハードル”

導入当初は「これで誰でも動ける」と期待されたキットですが、別の現実的なハードルも見えてきました。

  • 使い方を学ぶ訓練が必要になる
    → 内容が多岐にわたり、直感だけでは理解できない。「結局説明会が必要になった」との声も。
  • アクセス性が低い
    → キットは基本的に現地保管。参集職員が初動で内容を確認できず、「あれ、どこに何があるんだっけ」と戸惑うケースが発生。
  • 更新の仕組みが脆弱
    → 導入後の修正・差し替えは職員任せ。新しい内容を追加しようにも、業者とのやりとりや費用、タイミング調整が課題に。

「ツールを入れたことで、かえって覚えることが増えたという声もある。支援策が、負担になることもあるんです」

引き継がれない経験、頼りすぎる“資格”のリスク

避難所運営を支える存在としてよく挙がるのが「防災士」ですが、B区でもその期待と限界が見え隠れしています。

たしかに、ある避難所では防災士が多数参加し、訓練やキット改訂に主体的に関わるモデルが生まれました。しかし一方で、別の避難所ではこうした声も上がっています:

「防災士の資格を持っていても、ほとんど活動してくれない人もいる」
「名簿上はいるけど、実際には動いてくれない。いても何をやっていいか分からない」

つまり、防災士の人数だけでは現場の実働力を測れないのが実態です。
資格に依存した体制を前提にしてしまうと、「期待していた人が動かない」リスクが大きな穴になります。

属人化の落とし穴:仕組みを支える人がいないと回らない

避難所の訓練や運営の定着度には、協議会や関係者の“温度差”が強く影響します。
町会やPTA、教員、防災士など、多様な人たちで支える体制が理想ではありますが——

「そもそも協議会自体が動いていない避難所もある」
「新しく入った職員が前任者の工夫を知らないまま、仕切り直しになる」

属人化された体制は、異動や世代交代に極端に弱く、せっかくの改善やノウハウが引き継がれないリスクもあります。

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次の一歩:あなたの避難所にできること

「誰でも動ける仕組み」が、逆に“使うハードル”になってしまうこともある。それが、現場で取り組む担当者たちの正直な悩みです。

  • あなたの避難所のマニュアル、更新されていますか?
  • キットや資料は、誰でも見てすぐ使える状態ですか?
  • 防災士や協議会メンバーは、日常的に関わってくれていますか?

最近では、開設初動をスマホでナビゲートする支援ツールや、仮想訓練を用いた住民理解の促進といった新しいアプローチも出てきています。

形式よりも、実感に近い仕組みが、共助の起点になります。

最後に:辻川さんのことば

「理想は、職員がいなくても避難所が動いている状態。でも、そう簡単にはいかないとわかっています」
「だからこそ、“動けない理由”を一つひとつ減らす。それしかないと思っています」

マニュアルがある、キットもある、資格者もいる——それでも、動けない。

防災の現場で本当に必要なのは、「人が動く前提を支える、持続可能な仕組み」。

そんな仕組みを一緒に考えるきっかけとして、本記事が読者の皆さまの次の一歩につながることを願っています。

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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。