現場から考える避難所のリアル|誰かに頼り過ぎない避難所へ

現場から考える避難所のリアル #3|誰かに頼りすぎない避難所へ

本記事は、熊本地震や令和2年7月豪雨、首都圏地震時の帰宅困難者問題など、実際の災害現場における避難所運営の事例と、関係者・専門家へのヒアリングをもとに、自治体の防災担当職員に向けて綴られたものです。

避難所開設の初動が「誰がそこに居たか」によって決まってしまう――この構造課題は今も全国に存在し、災害時の地域対応力を脆弱にしています。

本記事では、実例に基づく教訓と、属人化を超えた持続可能な仕組みづくりのヒントを共有します。


目次[非表示]

  1. 1.夜間の大地震、そして学校の正門を開けたのは…
  2. 2.現場にいる人に、すべてが委ねられる現実
  3. 3.初動での混乱と暴力──避難所に潜むリスク
  4. 4.被災者の“依存”を生む避難所運営の構造課題
  5. 5.初動3日間に、すべてが決まる
  6. 6.現場から生まれた仕組み:「初動対応キット」の考え方
  7. 7.避難所を持続可能にする鍵──制度・訓練・関係性の「仕掛け化」
  8. 8.次の一歩:「誰でもできる」を仕組みにするために

夜間の大地震、そして学校の正門を開けたのは…

2016年4月14日と16日。熊本では2度の震度7が立て続けに発生しました。

ある学校では、PTA行事準備のために数名の教職員が夜も校内に残っていました。本震が起きたのは、そのまさにその夜。揺れが収まった直後、彼らは校内の安全確認を行い、やがて集まり始めた近隣住民の声に気づいて正門を開けました。

この判断がなければ、地域住民が安心して避難できる「場所」はなかったかもしれません。

そしてこの問題は、熊本地震だけの話ではありません。

2021年10月、首都圏を襲った震度5強の地震では、夜11時すぎに鉄道が止まり、駅周辺には多くの帰宅困難者があふれました。

にもかかわらず、実際に施設を開けられたのは29市区中わずか数か所。三大都市圏の自治体の9割が「夜間・休日の一時滞在施設を開設できない可能性がある」と答えたという報告もあります。

背景にあるのは、「夜間に担当者と連絡がつかない」「協定が日中前提で組まれている」「職員が集まらない」など、制度設計の“盲点”ともいえる構造的な制約です。

つまり、「誰がそこにいたか」で避難所の有無が決まってしまうリスクは、今も全国に広がっているのです。

現場にいる人に、すべてが委ねられる現実

益城町では「最寄りの公共施設に駆けつけよ」という指示のもと、課長級職員を含め多くの自治体職員が避難所へと出向きました。

結果として災害対策本部は一時的に空洞化し、町長が意思決定に必要な人材を呼び戻すのに時間を要したといいます。

一方で、避難所となった学校では、教員たちが「水はこちらです」「静かにお願いします」と、自ら即席のリーダーを買って出ました。

しかしそれは、本来の職務を大きく超えた“背負わざるを得なかった役割”であり、その負荷は想像に難くありません。

初動での混乱と暴力──避難所に潜むリスク

益城町では、発災直後の声かけ(「体調はいかがですか?」)に対し、職員が殴られるという事例も発生しました。

人吉市では「どこにそれが書いてある」「お前、何様だ」といった理不尽な暴言が多数報告され、注意や案内が逆効果になる場面も少なくなかったといいます。

ルールや表示がないまま運営された避難所では、段ボールで即席の腕章を作って対応するなど、現場の疲弊が著しく、制度設計の欠如がそのまま人的負担の増幅となって現れました。

被災者の“依存”を生む避難所運営の構造課題

人吉市の避難所は、水害により浸水を免れたエリアに設けられたため、避難者同士に地域的つながりがなく、リーダー不在の状態での運営が求められました。

食事の配布、トイレ清掃、物資の仕分けといった作業すべてを職員が担い、避難者が「完全なお客様」になる構図が生まれました。

3日目以降には「○○の避難所で美味しいスープが出た」との噂で人が殺到。物資供給のバランスが崩れ、現場はパンク寸前に。

「住民主体」や「共助」などの理想が絵に描いた餅になってしまう原因は、初動でそれを形にできる“仕掛け”がなかったことにあります。

初動3日間に、すべてが決まる

避難所の成否は、発災から72時間以内に決まる――これは多くの自治体職員や支援者が肌で感じてきた実感です。

この間に、「受付」「エリア分け」「ルール掲示」「役割分担」が“見える化”されているかどうかで、後のトラブルの数と、住民の心理的安定度は大きく変わります。

ある支援者はこう語ります。

「備品が足りないことより、“どう動けばいいか”がわからない方が、人は不安になる」

現場から生まれた仕組み:「初動対応キット」の考え方

注目されたのが、「避難所初動対応キット」と呼ばれるアプローチです。

このキットは25種類の物品と役割カード(受付・掲示・更衣室など)で構成され、「正解を示す」のではなく、「ここから話し合おう」を促すために作られました。

  • 不足を可視化し、議論とカスタマイズの余地を残す
  • たたき台として“誰でも動きやすい”状態をつくる
  • 教員や職員が不在でも、最低限の秩序が生まれる

こうした考え方は、ハードだけでなくソフトの視点を持つデジタルツールにも応用可能です。たとえば、避難所での「行動の選択肢」を見える化し、迷いを減らすデジタル支援があれば、現場の判断負担を軽減できるかもしれません。


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避難所を持続可能にする鍵──制度・訓練・関係性の「仕掛け化」

都市部ではマンション住民との関係が希薄、地方では高齢化と担い手不足。
水害時の避難所のように、住民同士のつながりがない場面では、共助や自律性を育むのはさらに困難になります。

それでも、以下のような工夫には希望があります。

  • 平時のイベントと「ついで防災」を接続する
  • 訓練を“計画実行”から“関係構築”へと変える
  • 「やらされる」防災ではなく、「一緒に考える」防災へ


次の一歩:「誰でもできる」を仕組みにするために

属人化しない避難所運営とは、「誰が来てもある程度動ける」こと。
それを支えるのは、ツール・関係性・見えるルールです。

今からできる一歩は、たとえば――

  • 使い回せる「たたき台(マニュアル・配置図)」を一つつくる
  • 地元の学校・施設職員と“会話の接点”を平時から築く
  • 訓練や運営に、共助支援のツールを取り入れてみる

現場の課題を一人で抱えず、「仕組み」として共に分かち合える手段がある――
そんな風に思えるだけで、避難所の空気は少し変わるかもしれません。

※本記事は、熊本地震、令和2年7月豪雨、首都圏地震対応の実例と、教育・行政・地域関係者へのヒアリングをもとに、能美防災が作成しました。現場に立つすべての方々へ、少しでも支えになることを願っています。


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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。