
現場から考える避難所のリアル #4|知識だけで“やれる”はつくれるか
本記事は、実際の避難訓練に筆者が立ち会い、当日出席していた防災担当職員C氏へのヒアリングをもとに、自治体における防災講座と避難所運営のギャップについて考察したものです。
地域の防災力を高めたいという思いから講座を開催し、住民の学びを支援してきたC氏。しかし、講座後の訓練では避難所がうまく動かず、「なぜ知識があっても動けないのか?」という問いが現場に残されました。
本記事では、講座と実践のあいだにある“見えない壁”を掘り下げ、属人化を超えて行動につなげるためのヒントを共有します。
現場で感じた最初の違和感・課題の兆し
当時、C氏は自治体の防災担当として、定期的な避難訓練の企画と運営にあたっていました。しかし、訓練を重ねる中で、どうしても拭えない“温度差”がありました。それは、参加する住民の姿勢でした。
- 指示があるまで動こうとしない。
- 「これは行政がやること」と距離を置いてしまう。
- 自主的な動きが見られない。
周囲からは「地域によって住民の温度差があるからしかたない 」といった声も上がりましたが、C氏はその見方に強く疑問を抱いていました。
「動かない」のではなく、「どう動けばいいか、知らないだけではないか?」
そう捉えたC氏は、安易な住民批判に陥るのではなく、“動ける状態をどうつくるか”にこそ課題の本質があると考えるようになりました。
地域にはさまざまな人がいます。年齢層も、生活背景も、防災への関心度も異なります。ただ一方的に訓練を繰り返しても、自発的な行動変容にはつながりにくい。では、どうすれば“当事者意識”を持ってもらえるのか?
検討を重ねたC氏は、「まずは知ってもらうこと」「避難所運営のイメージを持ってもらうこと」こそが、最初の一歩だと考えました。そして、たどり着いたのが防災講座の開催という選択でした。
その背景には、地域との対話を大切にするC氏の信念と、「知識の習得が、動き出すきっかけになるはず」という小さな希望がありました。
担当者が起こしたアクション・試み
C氏はこの時、ただ一般的な防災セミナーを開催するのでは意味がないと考えたそうです。
そこで、自ら講座のテーマを“避難所に特化”させ、地域での実践経験があるアドバイザーを探し出すところから始めました。
講座では、避難所の鍵の開け方、施設の点検、受付の流れなど、行政が担う初動の要素を住民と共有。さらに、誰が何をすればいいのかを役割ベースで分かりやすく整理したワークを取り入れました。
参加者は、これまで「防災は難しそう」と感じていた人たちでした。しかし、講座を通じて初めて、「これは自分でもできそう」「次の訓練で試してみようか」という声が上がるようになりました。
C氏はこのとき初めて、「防災は伝え方ひとつで変わる」と実感したといいます。
講座後の新たな悩み
ところが、次の訓練では再び混乱が起きました。
- 講座を受けた住民の一部が退任し、新任者に引き継がれていない。
- ツール(開設キット)はあるが、誰も使い方を把握していない。
- 判断が必要な場面で、誰も前に出てこない。
「結局、講座をやって“やる気がある人”が出てきても、その人がいなくなったらゼロに戻るんです。」
C氏はため息混じりにそう語りました。当時を振り返って強く感じたことは何か?と筆者が問うと「続かないことへの無力感ですかね」と答えてくれました。
「属人的すぎる。制度も仕組みも、続ける前提でできていない。講座を開くたびに、最初からやり直しです。」
「これは単発イベントじゃなく、仕組みにしないといけなかった」
と、C氏は悔しさをにじませました
構造的な課題の浮き彫り(属人化、制度とのギャップ)
多くの避難所は“行政が開設するもの”として捉えられており、住民の中に強い責任感を持つ人が少ない傾向にあるそうです。
さらに、住民に判断を委ねることに心理的ハードルがあり、「誰かにやってほしい」空気が常に漂っています。それ以外にも
- 町会・管理組合の役員交代サイクルが早い。
- 引き継ぎの仕組みが整っていない。
- 決めごとが明文化されず、「言った・言わない」の混乱が起きやすい。
結果として、「知識はあっても、行動に移せない」「担当が変わるとゼロに戻る」という構造的な課題が、講座や訓練の成果を帳消しにしてしまうのです。
筆者の気づき
C氏が最後に語った印象的な言葉があります。
「100点の防災なんて無理。でも、最初の3日を乗り切る5人が地域にいれば、避難所は動ける。大事なのは判断を減らすこと。その型を、ツールでもなんでも、用意しておいてあげることだと思うんです。」
これは、専門家の提言とも重なります。
- 「判断が重いのなら、判断をなくす」
- 「トイレ設置などの“これをやってください”は動く」
- 「それを回す少人数の“覚悟”をつくること」
現場が求めているのは、「動かす力」よりも「動ける型」なのかもしれません。
属人化を防ぐツール・支援策
たとえば、こんな支援があったらどうでしょう。
- 講座と訓練のあいだをつなぐ「行動カード」
- 誰が何をやるかを視覚的に示すチェックリスト
- 避難所マニュアルをスマホ画面で1画面ずつ表示し、音声や画像で補助するガイド
判断や記憶に頼らず、「これに沿えば大丈夫」と思える行動の流れを提示する。それだけで「やる気があるけど動けなかった人」が、一歩踏み出せるのではないでしょうか。
次の一歩へ
- 「うちの地域には、最初の行動をする人がいるだろうか?」
- 「判断を減らす工夫、できているだろうか?」
- 「講座のあと、行動につながっているだろうか?」
そんな問いを、あなた自身の地域で考えてみてほしい。
もし、講座で意識は変わったのに、現場が変わらないなら、今こそ“仕組み”に目を向けるタイミングかもしれません。
避難所運営の初動を支えるのは、「動き出しを型にした支援」。誰が見ても、何をすればいいか分かる――そんな支援が、いま現場には必要なのではないでしょうか。