現場から考える避難所のリアル|避難所運営委員会の立ち上げ奮闘記

現場から考える避難所のリアル #5|避難所運営委員会の立ち上げ奮闘記

「委員会を立ち上げた後、人が変わるたびに積み上げてきたものがゼロになるのは避けたいですね」

そう語ったのは、D市危機管理課の江田さん(仮名)。今まさに、避難所運営委員会の立ち上げに向けて奮闘している現場職員です。

避難所運営委員会とは何か?なぜ今、それが求められるのか?この記事では、その背景と現場のリアル、そして生まれ始めた前向きな変化について追っていきます。

目次[非表示]

  1. 1.避難所運営委員会とは何か?
  2. 2.なぜ、避難所運営委員会が必要なのか?
  3. 3.自主防災組織・自治会との違い
    1. 3.1.自主防災組織とは?
    2. 3.2.自治会(町内会)とは?
    3. 3.3.避難所運営委員会は「役割分担と継続性」の仕組み
  4. 4.江田さん(仮名)の違和感:「がんばった先」がつながらない
  5. 5.これは、地域の「資産」を失うということ
  6. 6.まずは「マニュアル完成」をゴールに
  7. 7.活発なモデル地区を起点に、横展開を目指す
  8. 8.あったら良いなと思う仕掛け
  9. 9.次の一歩:「残せる仕組み」から、地域は変わる

避難所運営委員会とは何か?

避難所運営委員会とは、大規模災害時に地域の避難所を円滑に開設・運営するため、あらかじめ地域住民と行政職員、施設管理者などで組織される協議体です。

各指定避難所ごとに、町内会・自治会や自主防災組織の代表、学校長、市職員などがメンバーとなり、平常時から避難所の運営ルールづくりや訓練に取り組みます。

名称は「避難所運営委員会」「避難所運営協議会」など自治体によって異なりますが、いずれも目的は共通しています。すなわち、地域の実情に即した“共助”の基盤をあらかじめ整えておくこと

災害時に職員がすぐ駆けつけられない事態に備え、地域が自ら動ける状態をつくっておくという発想です。

なぜ、避難所運営委員会が必要なのか?

災害発生直後、避難所は地域住民の命と生活を支える最前線になります。

避難者の受け入れ、物資の配布、要配慮者支援、トイレや衛生管理、感染症対策など、多くの判断と行動が求められます。

一方で、職員だけでは全避難所にすぐ対応するのは不可能です。東日本大震災をはじめとする過去の災害でも、行政職員の被災・分散配置・物理的遅延により、「誰も来ないまま住民が自力で避難所を開ける」ケースが相次ぎました。

こうした背景から、住民自らが避難所を開設・運営できる体制づくり=避難所運営委員会の設置が強く求められています。

自主防災組織・自治会との違い

自主防災組織とは?

地域住民が「自分たちの地域は自分たちで守る」という理念のもと、平時の防災訓練や資機材整備、災害時の初期対応を担う防災組織。初期消火や安否確認、避難誘導など幅広い役割がありますが、あくまで地域全体の“初動対応部隊”であり、避難所運営を専門に担うわけではありません。

自治会(町内会)とは?

地域の清掃・防犯・交流・お祭りなどを担う地縁組織で、地域内の多様な活動の母体となっています。自主防災組織を傘下に持ち、避難所運営にも関与しますが、防災に特化した組織ではありません。また、加入率の低下や高齢化によって担い手不足が深刻化しています。

避難所運営委員会は「役割分担と継続性」の仕組み

避難所運営委員会は、これら既存組織の特性を活かしながら、明確な役割分担と引き継ぎ可能な仕組みを設計する場です。つまり、属人的な「誰かがやる」ではなく、「地域全体で続けられる体制」を構築することが目的です。
地域に根ざした日常のつながりを防災にも活かすために、避難所運営委員会はハブとなり、行政と住民、施設管理者をつなぐ実践的な協議体として機能します。

江田さん(仮名)の違和感:「がんばった先」がつながらない

D市では今、避難所運営委員会の立ち上げを進めている最中です。その担当を務める江田さん(仮名)は、これまでの取り組みの中で、ある共通の“もどかしさ”を感じてきました。

「立ち上げた避難所委員会が、会長交代で一気に止まったことがありました。あの人がいたから成り立っていた……そうした“個人依存”が多くて、次の人に全然つながらないんです」

さらに、活動の記録が共有されていなかったため、新任者が「何をどこまで進めていたのか」がわからず、事実上“仕切り直し”になる例も多かったといいます。

「どこまでやったら『委員会として成立』なのか、その基準も実は曖昧なんですよね。だから、次に進めにくい」

江田さんが気づいたのは、引き継ぎがうまくいかないことで、地域防災力の向上チャンスが失われているという事実でした。

これは、地域の「資産」を失うということ

ある年、熱心な委員長のもとで避難所訓練が実施されました。役割分担表も作成され、運営の動線も確認され、マニュアルも整備され始めていました。

しかし翌年、委員長が交代すると「何も知らないところからの再スタート」に。住民からはこんな声も。

「去年の資料、見せてもらえませんか?」
「会長が変わったら分からなくなったみたいで…」

江田さんは語ります。

「これは“がんばり損”という話ではなくて、せっかく積み上げた知恵や仕組みが地域に残っていないということ。つまり、地域の防災資産が失われているということなんです」

まずは「マニュアル完成」をゴールに

D市では今、避難所運営委員会の第一ステップとして、誰にでも引き継げるマニュアルづくりに注力しています。

  • 運営の役割(受付・誘導・物資・トイレ管理など)を明文化
  • 必要な連絡先・備品・判断フローを整理
  • 検討・修正履歴も記録し、プロセスを“見える化”

「マニュアルは完成形じゃない。むしろ“次の人が使えるか”を意識して、育てるイメージですね」(江田さん)

活発なモデル地区を起点に、横展開を目指す

市内すべての避難所で一斉に委員会を立ち上げるのは難しいため、江田さんたちは「モデル地区方式」を選択。

まずは活動が活発な1拠点で、

  • 会議の開催記録
  • マニュアルの履歴
  • 委員の役割分担
  • 年間スケジュールと訓練報告

を蓄積し、他の避難所でも使える“共通資源”として活用する構想です。

あったら良いなと思う仕掛け

D市が活用したいツールのイメージをお聞きしたところ、そこには、「避難所の動きを記録・共有しやすくする」機能が欲しいといった思いがありました。たとえば:

  • 委員会で決めた内容や履歴を“1枚画面”で管理
  • 避難所の訓練実施履歴やマニュアル改訂内容を記録
  • 決まった項目をチェック形式で記入 → 属人的でない判断が残る
  • 他避難所とのテンプレート共有が可能 → 横展開が容易に

これにより、年度や人が変わっても、“地域が積み上げた経験”が継承されることを狙っています。

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次の一歩:「残せる仕組み」から、地域は変わる

避難所運営委員会の立ち上げとは、単なるイベントではありません。それは、「誰でも関われる仕組み」を地域につくることです。

江田さんは、こう話してくれました。

「立ち上げて終わり、じゃないんですよね。次の人に渡せて、ようやく“意味がある”と思ってます」

あなたの自治体でも、まずは“残す工夫”から始めてみませんか?
ノウハウ、判断、役割。
それらを「見える化」しておくことで、次の担い手が自然に動ける環境が育ちます。

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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。