
直面する“帰宅困難者対策”の現実と、変えるべき備えの形
都市部で大規模災害が発生した際、帰宅困難者が駅やビル周辺にあふれる光景は、もはや珍しくありません。
彼らの一時的な受け入れ先となる「一時滞在施設」は、計画上は整備されていても、夜間や休日に“開けられない”現実が多くの自治体で浮き彫りになっています。
この記事では、制度と現場のギャップ、そしてそのギャップを埋めようとする動きに焦点を当て、自治体職員としての備えの再点検を促します。
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「備えていたはず」が開けなかった夜──制度と現場の断絶
帰宅困難者対策は、東日本大震災以降、国・自治体・企業が連携して取り組んできた分野です。しかし実際には、「協定を結んでいるだけでは開けられない」という事態が相次いでいます。
ある防災担当職員はこう語ります。
「深夜だと施設の鍵を開けられる職員が限られ、判断できる管理職にも連絡がつかないことがある」
別の自治体職員は、協定内容の限界についてこう吐露しています。
「協定は結んでいても、深夜は誰にも連絡が取れない。結局、現場で対応できずに終わってしまう」
実際、2023年3月8日付の日本経済新聞の調査によれば、三大都市圏(東京・大阪・名古屋)の29自治体のうち、9割が夜間や休日に施設を開設できない課題を抱えていると回答。
中でも「公共・民間施設ともに開設できない可能性がある」と明言したのは、港区、中央区、新宿区、板橋区、杉並区、世田谷区、目黒区、品川区、豊島区、練馬区、江戸川区、川崎市、堺市、名古屋市の14自治体にのぼります(※出典:『日本経済新聞』2023年3月8日朝刊)。
ガイドラインと条例整備の狭間で、現場にのしかかる「判断の重さ」
国は2013年に「帰宅困難者等対策ガイドライン」を策定し、東京都も「帰宅困難者対策条例」を制定するなど、法制度上の整備は進んでいます。
しかし、それらが実際の災害時にどう運用されるかは、多くの場合、自治体職員の裁量や判断に委ねられています。
中でも区市町村レベルでは、発災時に「誰が開けるのか」「どのタイミングで開けるのか」が曖昧なままになっており、形式的な備えと実動の間に大きな隔たりがあります。
担当者の異動による引き継ぎの断絶や、夜間の連絡手段の不足といった問題が、現場の実行力を阻んでいます。
実効性ある備えに必要なのは、“開けられる体制”の仕組み化
こうした課題に対し、自治体によっては前向きな取り組みも始まっています。
たとえば:
- 成田市では「帰宅困難者支援マニュアル」を策定し、対応手順を明確化。訓練を通じて、休日・夜間の対応を想定した体制の検証を実施。
- 関西広域連合では2022年にガイドラインを改訂し、「分散帰宅」や「段階的受け入れ」を含む対応策を具体化。
- 一部自治体では、協定先企業との再交渉により、24時間連絡体制や複数担当者制度を導入する動きも見られます。
また、実効性を高めるうえで重要なのが、属人的な対応に頼らない“誰でも動ける仕組み”です。マニュアル整備、内製化した訓練、情報共有体制の強化が、災害時の迷いを減らし、「開けるべき時に、開けられる」状態をつくります。
想定外”を前提に動ける防災体制へ
帰宅困難者対策は、今なお「制度」と「現場」が分断されている領域です。
だからこそ、防災担当職員一人ひとりが、「現実に動かせる体制」を構築するための視点を持つことが求められています。
制度設計に沿って動くだけでは、災害時に住民を守れない。
属人化を脱し、誰もが共通の基準で動ける体制をいかに根づかせるか──それが、次の災害に備える私たち自治体職員の責務です。
まとめ:「実行可能な体制つくり」
一時滞在施設の場所は決まっている。でも、それを「開けられる人と仕組み」は、本当に用意できていますか?
“備え”とは、想定外を前提にした「実行可能な体制づくり」。
担当職員として、次にできる一歩を、今こそ一緒に考えていきませんか。