現場から考える避難所のリアル|災害が少ない町で避難所の備えは進むか

現場から考える避難所のリアル #6|災害が少ない町で避難所の備えは進むか

自治体の防災担当者の方と話していると、よく聞く言葉があります。

「うちの地域は、災害が少ないんです」
「自治会があるので、地域連携は大丈夫です」

でも、実際にはその“安心”の裏側に、多くのグレーゾーンがあると感じてきました。

防災マニュアルはあるけれど機能していない。訓練はしているけど本番は回らない。共助が大切と言われても、誰も動けない。

その本音を聞きたくて、ずっと自治会関係者へのヒアリングの機会を探していました。とはいえ、自治体からの紹介は個人情報の壁で難しく、普段はなかなか接点が持てません。

私たちは、たまたま取引先の企業を通じて、とある自治会連合会の会長さんと副会長さんにお話を聞く機会を得ました。

そこで見えてきたのは、「災害が少ない地域」だからこその構造的な弱さ。そして、避難所が“動かない”かもしれないという現実でした。

目次[非表示]

  1. 1.「鍵はある。でも災害時に開けないかもしれない」
  2. 2.自治会の現場で起きていた“引き受け疲れ”
  3. 3.台風19号が運んだ“理想”と“現実”
  4. 4.人は入れ替わり、世代も変わる。「型」がなければつながらない
  5. 5.小さなきっかけと、目に見える仕組みから
  6. 6.次の一歩へ:備えるのは“あなた一人”じゃなくていい

「鍵はある。でも災害時に開けないかもしれない」

話を聞いたのは、人口10万人を超える内陸部の地方都市にある、ある自治会。聞こえてきたのは、意外な事実でした。

「避難所の鍵を開けられる人が限られているんです。公民館の職員か、近所の“その人”が来ないと、開かない」

その地域の避難所では、その人が現場に来られなければ、避難所は開かないということです。

さらに、地震のような突発災害では「施設が使えるかどうかを誰かが確認してからじゃないと開設できない」。避難所が機能するまでに、3~4時間の空白が生まれる可能性もあるといいます。

備蓄はある。施設もある。鍵もある。
けれど、それが“誰か”の判断に委ねられている限り、避難所は確実には開かない。

自治会の現場で起きていた“引き受け疲れ”

自治会の方々にとって、防災は「やらなければならないもの」です。
でも、現実には負担が重すぎる。

班長は年1回の持ち回り。高齢化で「やりたくてもできない」人が増えてきました。
若い世代や集合住宅の住民は「自分が自治会員である」ことすら意識していない。

「求めるときは集まってくるのに、いざ頼られそうになると誰も動かないんですよ」

副会長のそんな言葉に、会長も静かにうなずいていました。

さらに、災害時の避難所運営に対しては、「自分たちは判断できない」と感じている方も多いようでした。

「自治連合会長や副会長クラスなら判断できるけど、一般の自治会長じゃ責任が重すぎて無理です」

それでも自治会が何もしていないわけではありません。
コロナ禍で地域のまつりが中止になった代わりに、防災イベントを企画。
子ども向けに炊き出し訓練やAED体験を行ったり、中学生と一緒に「助ける側」を体験する訓練を行ったり。

ただ、そこには限界もありました。

「イベントはやっている。でも、避難所はどう開けるの?」

それが、誰にも説明できない“問い”として残り続けていました。

台風19号が運んだ“理想”と“現実”

台風19号が来たときは、事前に避難所が開設され、公民館職員だけで対応できたそうです。
「理想的な運営だった」とも話していました。

この台風――令和元年東日本台風(2019年10月)――は、関東・東北の広い範囲に大雨と暴風をもたらし、各地で河川の氾濫や土砂災害が相次ぎました。

死者・行方不明者は100名以上、住宅被害は9万棟超にのぼり、平成以降でも有数の広域災害とされています。

この地域では幸い大きな被害はなかったものの、実際に避難所を開設し、住民が避難してきた「初めての経験」となりました。

ただ、それは風水害という“予測できる災害”だったからこそ、行政主導で開設対応が可能だった――という面もあります。

「地震が来たとき、自分たちでやれって言われたら……たぶん、ボロボロになるよ」
そう言って、会長はふっとため息をつきました。
現場の責任が自分たちにのしかかる未来を、うっすら想像していたのかもしれません。

人は入れ替わり、世代も変わる。「型」がなければつながらない

防災を支えているのは、人です。でもその人も、1年交代で変わっていく。
役職につけば「やらされている感」がつきまとい、何とか1年過ごして次に回す。

属人化しない仕組み。世代が変わっても引き継げる“型”。
それがなければ、マニュアルがあっても動かない。

実際に話を聞いた自治会の方々も、「やってみたい気持ちはある」と言っていました。
でも、責任を取らされるのが怖い。判断が求められるのが不安。
その気持ちを打ち消すような“共助の道具”があれば、きっと一歩踏み出せるのではないでしょうか。

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小さなきっかけと、目に見える仕組みから

自治会の副会長さんが、最後にこんな話をしてくれました。

「普段から目につくところにあるものなら、きっと使いますよ。

防災用のツールでも、“ご自由に見てください”で置いてあるだけでも、違うと思うんです」

災害時専用のツールは、普段の生活の中にないと忘れられてしまう。
だからこそ、「いつもそこにある」「誰でも使える」「見ればわかる」仕組みが必要です。

次の一歩へ:備えるのは“あなた一人”じゃなくていい

自治会の方の話から気づかされたのは、「現場はやりたくないんじゃない。やれる準備がないだけ」ということでした。

備えるというのは、「全部自分で背負うこと」ではありません。
行動するための“きっかけ”や、“判断できる型”があるだけで、人は動けるようになります。

「避難所は、災害が起きてから考えるものじゃない」
今、できる準備を、少しずつ始めてみませんか?

現場で動く人を支えるツールも、少しずつ形になってきています。
責任を背負わせずに、誰でも動ける“仕組み”に興味があれば、気軽に情報収集からでも始めてみてください。

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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。