伝わらないから始める|人が集まる防災訓練の新しい作法

「伝わらない」から始める──人が集まる防災訓練の新しい作法

砂場にいる子どもを見て、ふと思ったこと

ある日、公園の砂場でひとりの子どもが夢中で遊んでいました。

山を作っては壊れ、トンネルを掘って水を流し、またやり直す。
大人が何かを教えたわけでもない。指示もルールもない。それでも真剣でした。
あの集中力と創意工夫は、私にとって「学び」の本質のように思えました。

防災訓練も、あんなふうに“自分から動きたくなるもの”にできたら、どれだけ多くの人が関わってくれるだろう──。そんなことを考えるようになりました。

目次[非表示]

  1. 1.砂場にいる子どもを見て、ふと思ったこと
  2. 2.「また同じ顔ぶれ」から抜け出せないもどかしさ
  3. 3.防災の“外側”にあるきっかけ
  4. 4.楽しいだけじゃ終わらせない
  5. 5.完成度より「巻き込みやすさ」
  6. 6.伝わらない。それでも、届けたい
  7. 7.【追記:ツールや仕組みにできること】

「また同じ顔ぶれ」から抜け出せないもどかしさ

これまで多くの自治体で防災担当者の方々と話してきました。
その中で、ほぼ共通して出てくるのがこんな悩みです。

  • 訓練を開いても人が来ない
  • 毎年同じメンバーだけが参加している
  • 若い世代がまったく入ってこない
  • 企画しても動員ばかり、心から関わってくれる人が少ない

「ちゃんと伝えているはずなのに、なぜ届かないのか」
「何のためにやっているんだろう」

そんな声を聞くたびに、私自身も胸が苦しくなります。

防災の“外側”にあるきっかけ

それでも私は、「伝わらない」ことを前提に設計を変えることができれば、流れは変わると信じています。

人が集まらないのは、防災を嫌っているからではない。
堅苦しい、難しそう、楽しくなさそう──そんな先入観の壁を崩せていないだけかもしれません。

だからこそ、防災そのものではなく、“防災以外”の動機で人を呼び込む工夫が必要です。

たとえば:

  • 地域のお祭りに防災ブースを紛れ込ませる
  • 親子向けの工作イベントに避難所づくりを組み込む
  • 炊き出し体験を、地域の「食」の場として楽しめるように設計する
  • サバイバル体験を絡めたアウトドアイベントにする
  • スタンプラリー形式で「回ってみたくなる」仕掛けをつくる

「楽しいから来た」
「子どもが行きたいって言ったから」

そんな偶然が、「せっかくだから防災にも触れてみようかな」につながる。
そうした間口を広げることが、結果的に防災の裾野を広げる近道だと思っています。

楽しいだけじゃ終わらせない

もちろん、「楽しいだけ」では意味がありません。
体験の中に、命を守るための知識や判断力がきちんと残る設計が必要です。

たとえば:

  • 消火器を使った的当てゲームの前後に、初期消火の重要性を共有する
  • バケツリレーで、道具や配置の違いによる効果を体感してもらう
  • 毛布担架を使った搬送体験をチームで競い合う中で、「すぐできる応急搬送」の方法を学ぶ

こうした“遊びながら学べる構造”は、子どもだけでなく大人にも有効です。
「なるほど、これは役立つかも」と思える瞬間が、学びを行動につなげるのだと感じます。

完成度より「巻き込みやすさ」

もうひとつ、大切にしたいのが「未完成さ」です。
すべてが整った完璧な訓練は、逆に“誰かが口を出す余地”を奪ってしまいます。

私は、不完全な訓練こそが、地域の人たちを巻き込む余白をつくると思っています。

  • 中高生に“お手伝いスタッフ”として入ってもらう
  • 大学生や地域の社会人に、企画段階から加わってもらう
  • 裁縫が得意な方に救護セットの袋をつくってもらう
  • 広報やイラストが得意な人にポスターづくりを頼む

役割があると、人は動きたくなります。
そして一度関わると、「次もやりたい」が生まれる。
防災訓練は“当日”だけではなく、その準備の過程こそが地域の力になると思っています。

伝わらない。それでも、届けたい

防災訓練が「伝わらない」と感じたとき。
それは、失敗ではなく、問い直すチャンスだと私は考えています。

楽しいことの中に学びを。
誰かのために考えられた設計に、巻き込みの余白を。
そして、一度だけで終わらない“続けられる訓練”を。

「自分が必要とされている」と感じられる場に、人は戻ってきます。
誰かの“関わりたい”を引き出せる場づくりに、これからも向き合っていきたいと思っています。

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【追記:ツールや仕組みにできること】

たとえば、年齢層や立場ごとに内容を柔軟に変えられる進行シナリオや、ワークシートのようなツールがあれば、訓練の設計や進行の負担はぐっと軽くなります。

地域ごとの工夫を支える“土台”があれば、訓練はもっと自由になれる。
私はそう信じています。

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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。