災害用トイレ|多目的トイレ

災害とトイレと、思いやり──松葉杖生活で気づいたこと

今年の1月、私は膝の半月板の手術を受けました(筋肉は裏切らないですが、関節はすぐ裏切ることを知りました)。

術後3カ月間は膝を完全に伸ばすことができず、固定具と松葉杖を頼りに過ごす毎日でした。

普段はなんでもないことが困難になる入院生活の中で、とりわけありがたく感じたのが「多目的トイレ」の存在でした。

この体験は、のちに防災現場でも重要になる「トイレの課題」について考えるきっかけとなりました。

目次[非表示]

  1. 1.はじめて気づいた“ありがたさ”
  2. 2.空いているから使って良いのか
  3. 3.災害時、「トイレを我慢する」という危険
  4. 4.「備えてある」だけでは意味がない
  5. 5.情報への“アクセスのしやすさ”が共助を支える
  6. 6.思いやりが、「備え」になる

はじめて気づいた“ありがたさ”

入院・手術をする前は、多目的トイレに特別な関心はありませんでした。けれど松葉杖での生活が始まると、駅や公共施設のトイレで、これまで見過ごしてきた「バリア」が次々に立ちはだかります。

狭いスペース、重たい扉、身体を支える場所のなさ──これらは、健常なときには気にも留めなかったことばかりでした。

そんな時、広々としていて手すりが備えられている多目的トイレは、まさに「安心して使える空間」でした。松葉杖を置ける場所があり、ドアの開閉もスライド式で片手でできる。

座るとき、立ち上がるときも、手すりがそっと身体を支えてくれる。たった数歩の動作が、こんなにも大変になるのだと実感しました。


空いているから使って良いのか

多目的トイレは、障がいのある方だけでなく、高齢者、妊娠中の方、小さなお子さんを連れた保護者など、さまざまな「支援を必要とする人」のための場所です。

ですが現実には、「空いているから」と気軽に使う人も少なくありません。

私自身、松葉杖生活に慣れてきてからは「今、自分にとって本当に必要か?」と問いかけてから使うようにしていました。

少しの思いやりが、困っている誰かにトイレを譲ることにつながります。公共の設備は、みんなのためのもの。だからこそ「ほんとうに必要としている誰か」を思い浮かべて使うことが大切だと感じました。

災害時、「トイレを我慢する」という危険

この“トイレのありがたさ”を実感して以来、私の関心は「災害時のトイレ問題」へと広がっていきました。

地震や台風などの大規模災害が起きると、停電・断水・下水の破損によってトイレが使えなくなるケースが多くあります。

その結果、衛生状態が悪化し、特に女性や子ども、高齢者は排泄を我慢してしまうことが少なくありません。水分を控えて体調を崩し、最悪の場合は命に関わる事態に陥ることもあります。

災害時のトイレ問題は、単なる「不便さ」ではなく、人の「尊厳」や「命」に関わる重要な課題なのです。


「備えてある」だけでは意味がない

では、避難所に災害用トイレが備蓄されていて、避難所運営マニュアルも整備されていて、避難所開設キット・ボックスがあるなら安心か?──そうとは限りません。

実際の現場、特に不特定多数が集まる避難所では、次のような問題が起こりがちです。

  • 災害用トイレはあると聞いていたが、保管場所がわからない
  • 実際に組み立ててみると、思ったよりも難しく戸惑う
  • 担当者しかマニュアルの置き場や手順を把握していない
  • 訓練では組み立て済みのトイレが並んでいるだけ(肝心の「開けて使ってみる」工程が抜けている!)

つまり、「備え」はあっても、いざという時に“使えない”のです。

災害時、避難所の運営を担うのは、その場に居合わせた人たち。だからこそ、誰でも簡単に“何をすればいいかがわかる仕組み”が必要です。

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情報への“アクセスのしやすさ”が共助を支える

鍵になるのは「情報へのアクセス性」です。

どこに何があるのか。どう使えばいいのか。誰に連絡すればいいのか。これらの情報が紙のマニュアルや一部の関係者の頭の中にだけある状態では、意味がありません。

今は、スマートフォンを持つ人が多い時代です。もし避難所の備蓄情報や組み立て手順がデジタル化されていて、誰でも確認できるようになっていたらどうでしょうか?

そんな仕組みがあれば、「誰かを助けたい」と思った人が、すぐに行動に移すことができます。
たとえば、住民主体の避難所運営を支援するWebアプリなどがその一例です。

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こうした共助の基盤を整える情報ツールの存在は、避難所の混乱を減らし、「困った時に動ける人」を増やすための強い味方になります。

思いやりが、「備え」になる

松葉杖生活の中で、多目的トイレに救われたあのときの実感。それは、災害時にも共通するものでした。

設備の数が足りないなら、譲り合う心が支えになる。
情報が届かないなら、届けようとする姿勢が助けになる。

いざという時、誰かを思いやることが、最大の「備え」になるのだと信じています。

そしてその「思いやり」を現場で形にするために、避難所に携わる人々が「情報の見える化」や「誰でも使える仕組みづくり」を意識して備えておくことが、きっと多くの人を支える力になるはずです。

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    淺野 智雄
    淺野 智雄
    能美防災 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。自治体や地域に寄り添う防災のあり方を模索し、避難所運営支援アプリ「NHOPS」をはじめ、現場の声に応じた防災支援ツールの開発・展開に取り組んでいる。元々は品質管理の現場からキャリアをスタートし、その後は中長期ビジョンの策定や新規事業開発など、経営と現場をつなぐ活動に従事。2025年度からは社内ベンチャーの責任者として、企画・設計から営業・導入支援まで一貫して対応。自治体の防災担当者が「これなら使える」と感じてもらえるよう、実際の運用現場に足を運び、改善を重ねる日々を大切にしている。趣味は筋トレと読書、料理。どんな状況でも前向きでいられるよう、朝4時からのトレーニングで心身を整えるのが日課。