
「勇気もまた伝染する」――現場に向き合って探した新しいかたち
2011年3月11日。
あの日、私は東京・三鷹で働きながら、生後3ヶ月の赤ん坊を育てる父親でもありました。
突然の揺れ、止まる交通、不安を煽る報道――。
特に「乳児への水道水は控えるように」という情報に、家族を守れるかという焦りが募ったのを覚えています。
そんなある晩、計画停電で真っ暗になった街を自転車で帰る途中、交差点で懸命に交通整理をしている警察官の姿を見かけました。誰に見られているでもなく、黙々と。
その姿になぜか心が落ち着きました。
「不安も、勇気も、きっと人から人へ伝わるんだ」
そう感じたあの体験が、今に続いています。
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マニュアルはある。でも、動けない
後に私は、避難所開設訓練に参加する機会を得ました。
体育館には立派なマニュアルが並んでいましたが、開いたまま動けない人がほとんど。
「受付を設置する」と書いてある。でも、どこに?机は?備品は?
結局、誰かが声をかけないと、何も始まらない。
防災担当ではない職員の方、施設管理者として参加していた学校の先生、そして地域住民。
現場で感じたのは、「責任を持って判断していいのか分からない」という戸惑いでした。
マニュアルが悪いのではありません。
でも、“その場にいる誰か”が、動けるようにする仕組みが、足りていなかったのです。
“順番に行動できる”だけで、安心につながる
私はそこに、デジタルの可能性を見出しました。
スマホで開けるWebアプリに、行動の「順番」を表示するだけでも、ずいぶん変わるのではないか。
たとえば、N-HOPSでは「建物の確認」作業をこんなふうに進めます:
① 作業の目的を表示
② 作業時の注意事項を表示
③ 他の人への呼びかけ表示
④ 建物のどこを見るのかを表示
⑤ 危険な事例と共に、見るべき点検ポイントを表示
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それぞれ、画面をスワイプしながら指示に沿って進めるだけ。
迷ったとき、頼れる“静かなナビ”のような存在になれたらと考えました。
さらに、訓練時のコメントを反映して、地域ごとに内容を更新できる仕組みも組み込んでいます。
避難所は、現場で動いている人が“つくっていくもの”。
そのプロセスに、参加しやすくなるツールを目指しています。
「町会に入っていない人」も、ちゃんと力になれる
ある実証実験を行っていた訓練で、印象的な声がありました。
「防災訓練に参加したことなかったけど、これなら自分にもできる気がした」
「見て動ける。焦らなくていい。それだけでだいぶ違います」
固定メンバーで回す運営から、“できる人が、できるときに動ける”運営へ。
N-HOPSが後押しするのは、そんな自然な共助のあり方です。
ツールではなく、「勇気を伝える仕組み」として
私が作ろうとしているのは、アプリそのものというより、勇気を引き出す“きっかけ”です。
現場には、知識よりも「ためらいを越える一歩」が求められることがあります。
だからこのツールは、「誰かのその一歩を、そっと支える存在」であってほしい。
私自身、防災の専門家でも自称研究家でもありません。
現場に立ち、感じた戸惑いや不安を通して、ようやくここまで来ました。
N-HOPSは、防災担当職員の皆さんや訓練に来ていた参加者から教わりながら作っています。
皆さんの悩みや工夫から生まれた答えを、形にしたものです。
「こういう選択肢もあるかもしれませんね」
そうやって静かに差し出せる、そんな存在でありたいと思っています。
あとがき:伝染するのは、不安だけじゃない
あの夜に見た、懸命に動く一人の警察官の姿。
あの時感じた、不思議な安心感。
あれから年月が経ちましたが、今も変わらず信じています。
誰かが少し動くことで、周りの空気も変わる。勇気も、伝染する。
N-HOPSは、そんな“空気の変化”を生み出せるような存在であろうとしています。