
行動が変わる防災講評術②行動を左右する6つのバイアス
「誰も動かないから、私も動けなかったんです」
避難訓練で何度か耳にしたこの言葉が、私の中に引っかかっていました。
避難所での初動対応や住民の誘導の場面で、なぜか手が止まっていた参加者に声をかけると、決まって返ってくるのがこの一言。 「指示がなかったから」「周囲が動いていなかったから」――つまり、“空気を読んだ結果の静止”だったのです。
防災の現場では「まず動くこと」が命を守る鍵になる一方で、人はどうしても「周囲」に影響を受けてしまいます。これは、本人の意識の問題ではなく、誰しもが持つ“人間らしさ”とも言える心理的な傾向です。
前回は「相手を気にする」という直接的なバイアスに注目しましたが、今回は「周囲に左右される」という間接的な影響をもたらすバイアスに焦点を当ててみましょう。
目次[非表示]
空気は人を動かしも、止めもする
「郷に入っては郷に従え」という言葉があるように、人は周囲のムードや多数派の行動に合わせて、自分の行動を決めることがあります。
協調性を重んじる日本社会では特に、こうした空気感の影響が強く働きます。 その結果、「動かない」ことが正解になってしまうこともあるのです。
避難所運営の現場では、こうした心理バイアスを逆手に取り、参加者の行動をより良い方向へ導くことができるかもしれません。 以下では、6つの代表的なバイアスを紹介し、それらを訓練や講評でどう活かせるかを考えてみます。
■希少性(残りわずかに惹かれる心理)
【どんな心理?】 「残りわずか」や「今だけ」と言われると、つい欲しくなってしまう心理です。避難所では物資の配布時などに影響を与えます。
【講評のヒント】
「“水はあと10本”という情報が、逆に焦りを生み混乱につながりました。“必ず配られる”という安心感を示すことで落ち着いた対応が可能だったかもしれません」
■社会的証明(他人の行動に安心を見出す心理)
【どんな心理?】 何をしていいか分からないとき、多くの人が他人の行動を判断材料にします。「あの人がやっているから自分も」と感じる傾向です。
【講評のヒント】
「〇〇さんが率先して声を出して案内していたことで、場が一気に落ち着きました。“動きやすい雰囲気”をつくるリーダーがいることが大切です」
■傍観者効果(人が多いと自分が動かなくなる心理)
【どんな心理?】 人が多いと、自分が動かなくても誰かがやるだろうという気持ちになり、行動が遅れる現象です。責任感の分散が原因です。
【講評のヒント】
「倒れていた役の人に、周囲が戸惑いながら誰も対応しなかった場面。“誰がやるか”より“まず私がやる”という空気づくりが課題です」
■バンドワゴン効果(みんなが選ぶと安心する心理)
【どんな心理?】
「人が多い=正しい・安心」と感じてしまう心理現象。
人気や多数派に流されやすい傾向があります。
【講評のヒント】
「皆が先に並んだトイレの列に、誰も異議を唱えなかったことで混乱が起きました。誘導役が適切に仕分けをしていれば、防げたはずです」
■ハーディング効果(孤立を避けたくなる心理)
【どんな心理?】
「自分だけ違う行動を取るのは不安」という気持ちから、周囲と同じ行動を取りがちになる現象です。
【講評のヒント】
「〇〇さんが率先して物資を仕分けしてくれたのに、誰も手伝わなかった場面がありました。周囲の人が“浮くのが怖い”と感じたのかもしれません」
■ナッシュ均衡(お互い様の空気に合わせる心理)
【どんな心理?】
自分と他人の行動が互いに影響し合い、最適な妥協点で落ち着く状況のこと。
人は“全体の雰囲気”を見ながら行動を選びます。
【講評のヒント】
「混雑時の食事配布で、皆が譲り合った結果、配膳が止まってしまった瞬間がありました。“今、動いて大丈夫”と明確に伝えるサインが必要でした」
空気を読みすぎず、空気をつくる
避難所運営訓練では、空気に流されることを否定するのではなく、その空気をどのようにつくるか、どう気づかせるかが鍵になります。
講評の場面では、ただ良い行動を褒めるのではなく、「なぜ他の人が動けなかったのか」「何が障壁になっていたのか」にも踏み込むことで、参加者の気づきが深まります。
それが、次の訓練、そして本番での行動変容につながっていくのです。
周囲の“空気”を見える化するツール、それがN-HOPS
能美防災では、避難所運営を支援するデジタルソリューション「N-HOPS」を提供しています。
N-HOPSは、現場の“迷い”や“ためらい”を減らす仕組みを提供します。
誰がどの役割を担っているのかが判れば、空気に任せるのではなく、行動を後押しする“根拠”が生まれます。