
行動が変わる防災講評術③ 時間に惑わされる人の心理と講評の工夫
「前にも同じ訓練やったけど…まあ、こんなもんでしょ」
そんな声を訓練後に耳にしたとき、私は強い違和感を覚えました。
確かに、表面的にはうまく回っていたように見えたかもしれません。 でも、それは“慣れ”による安心感だったのではないか? 一度やったことがあるから大丈夫。いつも通りだから問題ない――
でも、本当にそれでいいのか。
訓練のたびに思うのは、「人の記憶は思った以上に時間に左右される」ということです。 昨日のことも曖昧なのに、10年前の災害は妙に鮮明だったりする。 何度も繰り返してきたやり方を、変えるのが怖くなる瞬間もある。
今回は、そんな“時間の錯覚”が行動に及ぼす影響と、 それを避難所運営の講評でどう活かすかを考えてみます。
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時間がもたらす行動のズレに気づく
人にとって「時間」は一律ではありません。 機械なら10年前のデータも1日前のデータも同じ精度で呼び出せますが、 人間は、記憶や感情のフィルターを通して時間を「ゆがんで」受け取ります。
そのゆがみは、ときに避難所運営訓練において、 「なぜ動けなかったのか」「なぜ間違った判断をしたのか」といった問題の背景に潜んでいることがあります。
ここでは、そんな“時間にまつわる6つの心理バイアス”を紹介し、 それを講評の場面でどう活かせるかを考えていきます。
■現在バイアス(“いま”の利益を優先してしまう心理)
【どんな心理?】
将来のリスクよりも、目の前の安心や負担軽減を優先する傾向。
【講評のヒント】
「当面の疲労を優先して動けなかったことが、後の混乱に影響していました。“今ラク”より“先のため”を意識する視点が重要です」
■正常性バイアス(変化や異常を無視したくなる心理)
【どんな心理?】
予想外の事態や異常を「大したことない」と思い込み、普段通りに行動してしまう傾向。
【講評のヒント】
「物資の数が明らかに足りなかったのに、誰も声を上げなかったのは、“いつも通り”を信じすぎた結果だったのかもしれません」
■ヒューリスティック(考えるより慣れた方法を選びやすい心理)
【どんな心理?】
慣れているやり方や過去の経験に頼って判断してしまう傾向。 思考を省略する“近道”のような判断です。
【講評のヒント】
「いつも通りの動きに頼ってしまったことで、新しいルールに対応できない場面がありました。訓練では“いつもと違う”を意識することが大切です」
■回想バイアス(過去を美化・再解釈してしまう心理)
【どんな心理?】
記憶を自分に都合よく書き換え、“前も大丈夫だったから今回も”と考えてしまう傾向。
【講評のヒント】
「前回の訓練の成功体験が、“今回も大丈夫”という安心感になり、初期対応が遅れてしまった場面がありました」
■エンダウド・プログレス効果(目標に近づくとやる気が出る心理)
【どんな心理?】
ゴールが見えることで、やる気が急に湧いてくる傾向。人は「あと少し」が見えると頑張れる
【講評のヒント】
「“あと2区画で終わりです”という声かけが、全体のやる気を引き上げていました。進捗の“見える化”が効果的です」
■ピークエンドの法則(印象は“終わり方”で決まる心理)
【どんな心理?】
人は体験全体よりも、最も印象に残った瞬間(ピーク)と最後の印象(エンド)で全体の評価を決めてしまう傾向。
【講評のヒント】
「最後の講評が長引いてしまったことで、参加者の集中が切れ、訓練全体の印象がぼやけてしまいました。終わり方も“演出”が必要です」
「記憶」は曖昧、「記録」は味方
訓練の価値を高めるのは、「時間をかけること」ではなく、 その時間が「どう感じられるか」を丁寧に扱うことです。
講評では、“今”の判断だけを責めるのではなく、 「なぜそう感じたのか」「時間の錯覚が影響していないか」という視点を持つことで、 参加者自身が納得をもって行動を振り返ることができます。
時系列で振り返れる避難所運営のパートナー、N-HOPS
能美防災が提供する避難所運営支援アプリ「N-HOPS」は、 避難所の動きや役割分担などを時系列で整理し、 “記憶ではなく記録”によって次の判断に活かす仕組みを提供します。
時間に左右される人間の弱さを補い、冷静な行動判断を支える道具として、 ぜひ現場の運営にお役立てください。