
行動が変わる防災講評術①「感動」で終わらせないための5つの心理バイアス
「これは本当に災害時に機能するのだろうか」
ある自治体の避難所運営訓練に参加したとき、私にはそんなモヤモヤが残りました。
講評ではたとえば、こんな言葉が並びました:
「今日は全員が無事避難できてよかった、不明者はいませんでした」
「点呼に時間がかかっていた点が気になります。次回はさらに迅速にお願いします」
こういった発言自体は間違っていません。
ただ、多くは「現状の確認」や「一般論の注意」にとどまり、
本当に参加者一人ひとりが“自分ごと”として捉えて行動を振り返るようには促せていない――
そう感じたのです。
防災訓練や避難所運営では、単なる確認ではなく、人が“次に動く”きっかけとなる講評が必要です。
単に無事だった、早かった、という事実で終わるのではなく、「なぜそれが成果なのか」や「具体的にどう改善するか」まで設計された言葉が、現場を動かす原動力になります。
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「正常性バイアス」だけでは語りきれない、人の行動の裏側
災害時に多くの人が「まさか自分が被災するとは」と行動を先送りにするのは、正常性バイアスによるものだと言われます。 しかし、人の行動を理解するうえで、もうひとつ見逃せない視点があります。 それは——
人は、常に「他者の目」を気にして生きているということです。
例えば、もしあなたが今この瞬間、誰かにじっと見られているとしたら、きっと無意識に姿勢を正すのではないでしょうか。
人は、思っている以上に「自分の行動が誰かにどう見えるか」を気にしながら動いています。 そしてこの“相手を気にする気持ち”は、避難所運営という集団行動の場において、驚くほど大きな影響を与えます。
人の心を動かす「5つのバイアス」
避難所運営において、住民や職員、ボランティアの行動をより良い方向へ導くには、こうした人間心理のバイアスを上手に活用する視点が有効です。 ここではその中でも特に重要な5つを紹介します。
返報性:受けた親切には応えたくなる
「〇〇さんが荷物運びを手伝ってくれたので、私も他の方を手伝いたくなった」これは返報性の法則(受けた好意に応えようとする心)によるものです。
講評で「お互い助け合っていた場面があった」と取り上げることで、集団内に“お返し文化”が育ち、行動が連鎖します。
ピア効果:仲間とともにいると自然とやる気が引き出される
訓練中、誰かが積極的に動き始めると、周囲も自然とつられて動き出す。
これはピア効果(仲間の存在が努力を後押しする心理)によるものです。
「〇〇さんが率先して動いていた姿に感化された」という講評を入れるだけで、参加者に「見られていた」という意識が生まれ、次回以降の行動が変わります。
社会的選好:人の役に立ちたいという気持ちが背中を押す
人は自分のためだけでなく、「相手のため」だからこそ動くことがあります。
たとえば、「高齢者に声をかけていた姿が印象的だった」と具体的に講評するだけで、その行動が“推奨される価値あるもの”として他者にも伝わります。
これは社会的選好(相手への気配りを大切にする性質)が働いているのです。
権威:役割や肩書きが行動を促す
防災士の腕章、自治体職員の立場。人は無意識に「立場ある人」の行動に引きずられます。これは権威バイアスと呼ばれる心理効果です。
講評で「防災士の〇〇さんの声掛けが、全体の行動を促していた」といった伝え方をすると、リーダーの役割の重要性が強調されます。
シミュラクラ現象:人の気配が感じられると心が落ち着く
避難所内に貼られた掲示物に、手書きの顔マークや笑顔のイラストがあると、それだけで場が和らぎます。
これはシミュラクラ現象(顔らしき形に親近感を抱く心理)によるものです。
講評の中で「名札に描かれた笑顔の絵が、空気をやわらげていた」と触れることで、次回の訓練での工夫が自然と生まれます。
雰囲気ではなく、「行動の変化」を生む訓練へ
避難所運営訓練で本当に大切なのは、「良い雰囲気だった」「感動した」で終わらせないことです。 どれだけ和やかでも、参加者の中に“次も動こう”という意志や、“こうすればもっと良くなる”という納得感が残らなければ、実践にはつながりません。
そのためには、参加者一人ひとりが「誰かに見られている」「誰かの役に立っている」と実感できる仕掛けや、気づきを与える講評が鍵になります。 人は他者の存在を通じて、自らの行動を見つめ直し、変える力を持っています。
今回ご紹介したようなバイアスの視点を講評に取り入れることで、参加者に気づきと変化を促すことができます。
ぜひ次回の訓練では、その場の空気をまとめるだけではなく、「人の行動を動かす講評」に挑戦してみてください。 あなたの一言が、避難所の現場を一歩前に進める力になるはずです。
あなたの講評が、避難所の現場を変える。
そして、それをもっと効果的に支えるツールもあります。
能美防災では、避難所運営を支援するデジタルソリューション「N-HOPS」を提供しています。
N-HOPSは、開設準備から運営体制、備品管理、住民対応までをスマートにサポートするアプリケーションで、実際の避難所訓練や災害対応の現場から生まれました。
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避難所運営に関わる皆さまの負担を減らしながら、参加者の行動変化を促す支援ツールとして、 ぜひ一度ご覧ください。