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「答えは一つではない」で終わらせていいのか?

高校生になった娘が、学校で防災講話を聴いてきました。
家でその話を聞いているうちに、私は「そうそう、防災の話ってこういうところがあるんだよな」と、以前から感じていたことを思い出しました。

防災講話や研修に参加すると、

「災害には一つの正解はありません」
「地域や状況によって対応は変わります」
「一人ひとりが自分で考えることが大切です」

といった趣旨の話を耳にすることがあります。
もちろん、これは間違っていません。

地震が起きる時間も、被害の大きさも、その場にいる人も毎回違います。
あらゆる災害に通用する一つの「正解」を用意することは難しいでしょう。
でも私は、こうした話を聞くたびに、少しだけもどかしさを感じてきました。

「答えは一つではありません」と言われたあと、私たちは結局、何をすればよいのでしょうか。

今回は、「選ぶ」という人間の行動から、防災について考えてみたいと思います。

選択肢は、多いほどよい?

私たちは普段、「選択肢は多い方がよい」と考えがちです。
たくさんの中から自分に合ったものを自由に選べる。
一見すると、とても望ましい状態です。

ところが心理学や行動科学では、選択肢が増えることで、かえって選択が難しくなる場合があることが研究されています。
よく知られているのが、Sheena IyengarとMark Lepperが2000年に発表した研究です。

スーパーマーケットでジャムを24種類並べた場合と6種類並べた場合を比較したところ、多くの種類が並んでいる方が人を引きつけました。一方、実際の購入行動は、選択肢が少ない条件の方が多くなりました。
こうした現象は、一般に「選択過多(choice overload)」と呼ばれます。

ただし、
「選択肢が多ければ、人は必ず選べなくなる」
というほど単純な話ではありません。
2010年のメタ分析では、選択肢の多さによる平均的な効果はほぼゼロで、研究によって結果にかなりばらつきがあることが示されました。

その後の研究では、選択肢の数そのものだけでなく、選択することの難しさや、選択肢の複雑さ、自分が何を求めているのかが明確かどうかなど、さまざまな条件によって選択過多が起こりやすくなることが整理されています。

ここが、防災を考えるうえで興味深いところです。

災害時には「自分で考えてください」がたくさんある

たとえば、避難所を開設するとします。

施設に少し損傷がある。
避難者も集まり始めている。
雨も降っている。
職員も予定どおり集まっていない。

そんなとき、
「状況に応じて判断してください」
と言われたら、何を基準に判断すればよいでしょうか。

避難者を中に入れるのか。
安全確認が終わるまで外で待ってもらうのか。
どの部屋を使うのか。
どの設備を確認するのか。
誰を優先して受け入れるのか。
本部へ何を報告するのか。

災害対応には、一つの正解を決められない場面がたくさんあります。
だからこそ、「状況に応じた判断」が必要なのは確かです。

しかし、
「状況によって違うから、その場で考えてください」
だけで終わってしまうと、現場には大量の選択肢が残されます。
しかも、それを選ぶのは、必ずしも経験豊富な防災担当者とは限りません。

「答えが一つではない」と「答えを整理しなくてよい」は違う

ここで、私が防災講話などに感じていたもどかしさに戻ります。

「災害に正解はない」という言葉は正しいと思います。
ただ、
答えが一つではないことと、答えを整理しなくてよいことは、別の話ではないでしょうか。

一つに決められないなら、

どんな選択肢があるのか。
まず何を優先するのか。
通常はどうするのか。
どんな条件になったら別の行動を取るのか。
迷った場合、何を判断基準にするのか。

そこまで整理しておくことはできます。

たとえば、
「施設の安全確認をしてください」
だけではなく、

「まず、この場所を確認する」
「異常がなければ次へ進む」
「この異常があった場合は、使用を中止して本部へ連絡する」

というところまで決めておく。
そうすれば、現場の人がゼロから選択肢を考える必要はありません。
選択肢をなくすのではなく、選びやすくする。
防災では、この設計がとても重要なのではないかと思います。

考えてもらうことと、投げっぱなしにすることは違う

もちろん、防災では自分で考える力も必要です。
想定外のことは必ず起こります。
すべてをマニュアル化することもできません。

だから私は、「考えなくてもよい防災」をつくるべきだと言いたいわけではありません。
むしろ、
本当に考えなければならないことのために、考えなくてもよいことを減らしておく。
ということです。

避難所に到着したら、まず何をするか。
安全確認はどこを見るか。
資機材はどこにあるか。
避難者の受付はどう準備するか。
どのタイミングで本部へ報告するか。

平時に決められることまで災害時の担当者へ返してしまえば、その人は一つひとつ考えなくてはなりません。
一方で、そこまでを平時に整理しておけば、担当者は想定と違った部分に注意を向けることができます。

前回の記事では、人の思考には速く自動的な処理と、注意や努力を必要とする熟慮的な処理があるという「システム1・システム2」の考え方から、災害時に人へ「考えること」を求めすぎていないかということを書きました。

今回の話も、その延長線上にあります。

「自分で考えてください」と言うことは簡単です。
でも、その人が実際に行動できるところまで情報を整理することは、もっと手間がかかります。
防災では、その手間を平時に引き受けることが重要なのではないでしょうか。

地域や自治体は、すでにたくさん考えている

避難所運営について自治体の皆さまとお話ししていると、本当に多くのことが平時から考えられていることに気づきます。

避難所運営マニュアルをつくる。
施設ごとのルールを決める。
職員の役割を決める。
地域の方々と訓練する。
備蓄品を準備する。
過去の災害を踏まえて内容を見直す。

こうした一つひとつは、自治体の皆さまが積み重ねてきた防災への努力です。

ただ、その努力がマニュアルや資料の中に存在していることと、
災害時の現場で「動き」として再現されること
は、同じではありません。

たとえば100ページのマニュアルに必要な情報がすべて書かれていても、災害時にその中から必要な情報を探し、状況と照らし合わせ、判断し、行動へ移すことができなければ、せっかく積み上げたものが十分に機能しない可能性があります。

これは、とてももったいないことだと思っています。

地域と自治体の「頑張り」を、災害時にワークさせる

私たちがN-HOPSでやりたいことを一言で表すなら、
自治体の皆さまが平時に積み重ねてきた「頑張り」を、災害時にワークさせること
なのかもしれません。

能美防災が提供する避難所開設・運営支援Webアプリ「N-HOPS」では、自治体が作成しているマニュアルなどをもとに、避難所で必要になる行動を整理します。
ただ資料をデジタル化するのではなく、

今は何をするのか。
次は何をするのか。
何を確認するのか。
状況が違った場合はどうするのか。

といった形で、現場で実行できる単位へ落としていきます。
それは、「正解」をシステムがすべて決めることではありません。

災害には、どうしてもその場で判断しなければならないことがあります。
だからこそ、

平時に決められることは、できるだけ平時に決めておく。
災害時に考えるべきことを、できるだけ少なくしておく。

そして、本当に判断が必要な場面に、人の判断力を使えるようにする。
そんな仕組みをつくりたいと考えています。

「皆さんで考えてください」の、その先へ

娘の防災講話の話から、ずいぶん遠くまで考えてしまいました。
それでも私は、
「災害に正解はありません」
という言葉そのものには、今でも納得しています。
おそらく、本当にそうなのでしょう。

でも、だからといって、
「あとは皆さんで考えてください」
で終わらせる必要はないと思っています。

答えが一つではないなら、選択肢を整理する。
判断が必要なら、判断基準を準備する。
最初の一歩に迷うなら、まず何をするのかを示す。
そして、考えたことを実際の行動につなげる。

防災で大切なのは、「正しい答え」を一つ教えることではなく、
人が実際に動けるところまで、考えたことを形にすること。
なのかもしれません。

「皆さんの数だけ答えがあります」で終わらせない。
その答えが、いざというときに本当にワークするところまでつくる。

それもまた、平時にできる防災の一つなのだと思います。

淺野 智雄
淺野 智雄
能美防災株式会社 総合企画室 社内ベンチャーグループ長。防災士。 避難所開設・運営支援Webアプリ「N-HOPS」の企画・開発・展開を担当しています。 自治体職員や地域の関係者へのヒアリング、避難所訓練への参加などを通じて、実際の運用現場で生じる課題や迷いを捉え、「誰でも動ける避難所運営」を実現する仕組みづくりに取り組んでいます。 品質管理、中長期ビジョン策定、新規事業開発などの業務を経験。現場で起きている小さな課題や工夫を手がかりに、防災を「実際に機能する仕組み」にするための視点を発信しています。 趣味は料理・読書・筋トレ。朝の運動が日課です。