
避難所訓練に「再現性」という視点を
私は以前、工場で品質管理の仕事をしていました。
品質管理の仕事をしていると、一度だけうまくできたことには、それほど安心できません。
ある製品を一度だけ高い品質でつくることができた。
でも、次につくったときには品質がばらついてしまう。
担当する人が変わったら、同じようにつくれない。
それでは、安定した品質とは言いにくいでしょう。
大切なのは、
同じような条件であれば、次も一定の品質を出せること。
そのために、作業の方法を整理し、条件を確認し、結果を検証し、問題があれば工程を改善していきます。
ISO 9001でも、品質マネジメントでは個々の活動をプロセスとして捉え、Plan・Do・Check・Actの循環によってパフォーマンスを管理・改善していく「プロセスアプローチ」が示されています。
その後、新規事業の仕事に携わるようになってからも、この感覚はあまり変わりませんでした。
ある営業担当者だけが売れる。
ある人だけが顧客の課題を聞き出せる。
たまたま一つの案件だけがうまくいく。
もちろん、それも大切な成功です。
でも、事業として考えるなら、
別の人でも、別の顧客でも、ある程度同じ価値を生み出せるのか。
ということを考える必要があります。
そんな仕事をしてきたからでしょうか。
避難所訓練を見ていると、ときどき気になることがあります。
防災訓練では、「再現性」はどのくらい意識されているのだろう。
今回は、そんな視点から考えてみたいと思います。
「うまくできた訓練」は、本当に成功なのか
避難所訓練が終わると、
「大きな混乱なく終わった」
「参加者から好評だった」
「予定していた訓練項目をすべて実施できた」
といった形で成果を確認することがあります。
もちろん、これらも大切です。
でも、品質管理をしていた頃の感覚で見ると、私はもう一つ確認したくなります。
「もう一度やっても、同じようにできますか?」
ということです。
たとえば、その日の訓練には、
避難所運営に詳しい自治体職員がいた。
地域の防災活動を長年担っている人がいた。
訓練を設計した専門家が進行してくれた。
そんな条件がそろっていたとします。
そこで訓練がうまくいったとしても、
次の年に担当者が変わったらどうでしょうか。
地域の役員が交代したら。
経験者が参加できなかったら。
そして、本当の災害が起きたとき、その日訓練した人が避難所にいなかったら。
それでも同じように動き出せるでしょうか。
ここまで考えると、
「その日の訓練が成功したこと」と、「災害時にも同じように行動できること」は別の問題
だと分かります。
国も、防災訓練を「検証と改善」の場としている
これは、単に私個人が品質管理の考え方を防災へ持ち込んでいるだけでもありません。
内閣府の令和8年度総合防災訓練大綱では、防災訓練の目的として、組織体制の機能確認や実効性の検証だけでなく、防災計画等の脆弱点や課題を発見し、継続的な改善を図ることが示されています。さらに、参加者の知識・経験に応じた、段階的かつ継続的な訓練も求めています。
また、内閣府の避難所運営ガイドラインでも、地域の実情や取組状況に応じて対応内容を追加・修正し、訓練や研修、災害対応体制の見直しにつなげることが示されています。
つまり、防災訓練は、
一度実施して終わるイベントではなく、仕組みの実効性を確認し、改善していくための機会
として考えることができます。
ただ、ここで私はもう一歩考えてみたいのです。
改善したその仕組みが、
人が変わっても使える状態になっているか。
ここに「再現性」という視点があります。
防災でいう「再現性」とは何だろう
ここでいう再現性は、
同じ災害をもう一度再現する
という意味ではありません。
災害は毎回違います。
発生する時間も違えば、被害の規模も違います。
避難者の人数も、施設の状況も、集まる人も違います。
したがって、災害対応を完全に同じものとして再現することはできません。
私が考えているのは、
条件や人が変わっても、最低限必要となる行動を一定程度同じように実行できるか
という意味での再現性です。
たとえば避難所なら、
施設に到着したら、まず何を確認するのか。
安全確認はどこから始めるのか。
避難者を受け入れる前に何を準備するのか。
必要な資機材はどこにあるのか。
異常があった場合は誰へ報告するのか。
こうした基本的な行動について、
「去年訓練した○○さんなら分かる」
ではなく、
「初めて担当した人でも、一定のところまでは同じように進められる」
状態をつくる。
それが、避難所運営に必要な再現性ではないかと思っています。
「できる人」を増やすだけでは、追いつかない
防災では、人材育成がとても重要です。
訓練を繰り返し、経験者を増やす。
地域の防災リーダーを育てる。
職員の対応力を高める。
どれも必要なことです。
ただ、避難所という場所には一つ難しいところがあります。
人が入れ替わることです。
自治体職員には異動があります。
自主防災組織や自治会の役員も交代します。
高齢化によって、これまで中心だった人が活動を続けられなくなることもあります。
そして災害は、訓練を受けた人がそろっているときを選んで起きてくれるわけではありません。
そう考えると、
「できる人を育て続ける」だけでなく、「できる人がいなくても動ける状態をつくる」
必要があります。
人材育成と仕組みづくり。
どちらかではなく、両方が必要なのだと思います。
人にノウハウがある状態から、仕組みにノウハウがある状態へ

工場では、熟練者だけが知っているコツがあると、その人が休んだだけで品質が変わってしまうことがあります。
そこで、
作業方法を整理する。
判断基準を明確にする。
注意点を残す。
実際に作業して検証する。
より良いやり方が見つかれば更新する。
そうやって、個人の経験を少しずつ仕組みへ移していきます。
避難所でも、同じように考えることができるのではないでしょうか。
「あの人なら鍵の場所を知っている」
「あの人なら体育館の使い方が分かる」
「あの人なら受付のつくり方を知っている」
という状態から、
誰が来ても、
鍵の場所が分かる。
使う資機材が分かる。
次にすることが分かる。
判断に迷ったときの基準が分かる。
そんな状態へ変えていく。
これは、人の経験を軽視することではありません。
むしろ、
経験した人が得た知恵を、その人だけのものにしない
ということです。
訓練するたびに「再現性」が上がっているか
そう考えると、訓練を見る目も少し変わります。
訓練で失敗した。
予定どおりできなかった。
参加者が迷った。
普通なら、少し残念な結果に見えるかもしれません。
でも、
「なぜ迷ったのか」
を調べ、
「次の人は迷わないようにするにはどうすればよいか」
まで考えられたなら、その訓練には大きな価値があります。
たとえば、
備品の場所が分からなかった。
→ 手順に保管場所を追加する。
設備の操作方法が分からなかった。
→ 写真付きの説明を追加する。
役割分担が曖昧だった。
→ 誰が何をするのか整理する。
作業順序が分かりにくかった。
→ 行動の順番を見直す。
そうすれば、
今回の人が迷ったことで、次の人は迷わなくなる。
訓練を重ねるたびに、地域の避難所運営の再現性が少しずつ高まっていきます。
この見方をすると、
「訓練がうまくできたか」より、
「訓練する前より、次の人が動きやすくなったか」
の方が、重要な評価指標に見えてきます。
N-HOPSでつくりたいのも、「再現できる状態」
能美防災が提供する避難所開設・運営支援Webアプリ「N-HOPS」で目指していることも、ここにつながっています。
自治体には、すでに避難所運営マニュアルがあります。
地域では訓練も行われています。
長年活動してきた方々には、多くの経験があります。
私たちが新しく「正解」を持ち込むことが目的ではありません。
それらを、
誰が担当しても、現場で使える形に変えていく。
N-HOPSでは、
何をするのか。
どうやって行うのか。
どこで行うのか。
何を使うのか。
といった内容を、実際の避難所に合わせて整理します。
そして訓練で動いてみる。
分からないことがあれば直す。
現地と違っていれば直す。
役割が変われば直す。
また訓練する。
この繰り返しによって、
自治体や地域の皆さんがこれまで積み重ねてきた防災の知識や経験を、「次の人でも使える仕組み」に変えていく。
それがN-HOPSで実現したいことの一つです。
防災訓練に、「再現性」という評価軸を
避難所訓練には、いろいろな評価の仕方があります。
参加人数。
満足度。
訓練時間。
実施できた項目。
参加者の理解度。
どれも意味があります。
そこに、もう一つ加えてみてもよいのではないでしょうか。
「人が変わっても、もう一度できるか」
という視点です。
良い訓練ができた。
その次に、
「同じメンバーでなくてもできるだろうか」
「一年後でもできるだろうか」
「今日参加していない人でもできるだろうか」
と問い直してみる。
品質管理でも、新規事業でも、一度だけうまくいったものを、繰り返し価値を生み出せる状態へ変えていくことが重要です。
防災にも、似たところがあるのではないでしょうか。
災害そのものを再現することはできません。
でも、
災害時に必要な行動を、誰でも一定程度再現できる状態をつくることはできる。
「良い訓練だった」で終わるのではなく、
次の人も動けるようになった。
そこまでを、訓練の成果として考える。
避難所運営にも、そんな「再現性」という視点が、意外と大切なのではないかと思っています。


